秋から風の言の葉
竜田姫が山々を染める秋、風の季節。~言葉の歳時記~
「竜田姫 たむくる神の あればこそ 秋のこのはの ぬさとちるらめ」
竜田姫とは、奈良の竜田大社にまします風を司る秋の女神。
春の佐保姫と対をなすこの女神は、山々を紅葉に染め上げ、里に実りをもたらす。
秋は台風をはじめとした「風」の季節であり、風にまつわる言葉は殊更に美しい。
陰陽五行での秋の配置は西。五行の金は金属や貴金属の金であり、古代では鉄も意味する。
製鉄に欠かせなかったのが「風」であり、古代に強大な覇権をとなえたアナトリア=ヒッタイト帝国は
イシュタル=金星が夜空を染める頃に大陸から吹く激しい風を利用して打ち上げた鉄器によって
他国を退けたと言われます。
激しい風は、炎と水とのぶつかり合いと融合から生まれます。
天空でこの衝突と融合が起きると、それは雷というプラズマ現象になります。
夏の終わりから秋にかけての雷は豊年をもたらすと考えられ、天地を貫いて走るそれを
「稲妻」と呼ぶのは、男性=陽である天の気が女性=陰である大地から生える稲を受胎させ
実りになると考えられたから・・・。
稲の神は櫛稲田姫(くしなだひめ)という女神であり、その夫がヤマタノオロチ退治で有名な
須佐乃男神、素戔鳴尊と呼ばれる風の神・雷神・竜王神であると考えられています。
五行の金にあたる西を司る神は白虎、或いは白竜王とされているように、
色では白が割り当てられ時には素風という秋の季語が表すように「透明」をも含みます。
「秋澄む」
秋の澄んだ大気をさす言葉。どこまでも高く高く透明に澄んだ大気が天地を
覆い天高し・秋気などの季語を生み出してきた。「爽やか」も元来は、こうした
秋の空気の美しく清清しい様をさす秋の季語でした。
「色なき風」
秋の風のこと。紀貫之の詠んだ
「吹き来れば 身にもしみける 秋風を色なきものと 思けるかな」
という和歌から定着した言葉。同じ意味で「素風」という言葉もありますが
色なき・・の方が典雅ですね。
「爽籟」
そうらい、と読みます。籟とは横笛のこと、或いは笙のことで、響きや声といった
意味もあり秋風のふきわたる、澄んだ天地の爽やかな響きを指します。
何処までも高く済み、少し肌寒いような秋の空気感を感じる私の好きな言の葉。
「野分」
秋の野を押し分けて吹く強風=台風のことをいう。野分めいた風が吹くのを
野分立つといい、野分雲の語もある。
源氏物語には、この野分の後に偶然に義母にあたる紫の上の姿をみて、
淡い恋慕の情を抱く夕霧のエピソードが語られる部分がある。
風と共に騒ぎ立つ恋情・・・本筋とは大きくは関係しないけれど
野分の風情とあいまって印象深いエピソード。
「やまじ・おしあな・おくりまぜ」
主に瀬戸内海地方の漁師言葉。「まじ・まぜ」は主として南風をさすことが多く、
「やまじ」は「やまぜ」ともいい、台風に伴う南よりの暴風一般をさす。
「おしあな」は猛烈な南東風、「あなじ」は冬の北西風をさし、「おし」の語には
反対とか押し返す意味があり「おしあな」はあなじを押し返す風の意味らしい。
「おくりまぜ」の「おくり」は盆の送り火のおくりと同じで、精霊や魂を海に送り出す
魂風の意味があるらしい。
この時期は急に海が荒れることもあり、魂を連れて行く風として危険視もされていました。
「竜田姫 たむくる神の あればこそ 秋のこのはの ぬさとちるらめ」
竜田姫とは、奈良の竜田大社にまします風を司る秋の女神。
春の佐保姫と対をなすこの女神は、山々を紅葉に染め上げ、里に実りをもたらす。
秋は台風をはじめとした「風」の季節であり、風にまつわる言葉は殊更に美しい。
陰陽五行での秋の配置は西。五行の金は金属や貴金属の金であり、古代では鉄も意味する。
製鉄に欠かせなかったのが「風」であり、古代に強大な覇権をとなえたアナトリア=ヒッタイト帝国は
イシュタル=金星が夜空を染める頃に大陸から吹く激しい風を利用して打ち上げた鉄器によって
他国を退けたと言われます。
激しい風は、炎と水とのぶつかり合いと融合から生まれます。
天空でこの衝突と融合が起きると、それは雷というプラズマ現象になります。
夏の終わりから秋にかけての雷は豊年をもたらすと考えられ、天地を貫いて走るそれを
「稲妻」と呼ぶのは、男性=陽である天の気が女性=陰である大地から生える稲を受胎させ
実りになると考えられたから・・・。
稲の神は櫛稲田姫(くしなだひめ)という女神であり、その夫がヤマタノオロチ退治で有名な
須佐乃男神、素戔鳴尊と呼ばれる風の神・雷神・竜王神であると考えられています。
五行の金にあたる西を司る神は白虎、或いは白竜王とされているように、
色では白が割り当てられ時には素風という秋の季語が表すように「透明」をも含みます。
「秋澄む」
秋の澄んだ大気をさす言葉。どこまでも高く高く透明に澄んだ大気が天地を
覆い天高し・秋気などの季語を生み出してきた。「爽やか」も元来は、こうした
秋の空気の美しく清清しい様をさす秋の季語でした。
「色なき風」
秋の風のこと。紀貫之の詠んだ
「吹き来れば 身にもしみける 秋風を色なきものと 思けるかな」
という和歌から定着した言葉。同じ意味で「素風」という言葉もありますが
色なき・・の方が典雅ですね。
「爽籟」
そうらい、と読みます。籟とは横笛のこと、或いは笙のことで、響きや声といった
意味もあり秋風のふきわたる、澄んだ天地の爽やかな響きを指します。
何処までも高く済み、少し肌寒いような秋の空気感を感じる私の好きな言の葉。
「野分」
秋の野を押し分けて吹く強風=台風のことをいう。野分めいた風が吹くのを
野分立つといい、野分雲の語もある。
源氏物語には、この野分の後に偶然に義母にあたる紫の上の姿をみて、
淡い恋慕の情を抱く夕霧のエピソードが語られる部分がある。
風と共に騒ぎ立つ恋情・・・本筋とは大きくは関係しないけれど
野分の風情とあいまって印象深いエピソード。
「やまじ・おしあな・おくりまぜ」
主に瀬戸内海地方の漁師言葉。「まじ・まぜ」は主として南風をさすことが多く、
「やまじ」は「やまぜ」ともいい、台風に伴う南よりの暴風一般をさす。
「おしあな」は猛烈な南東風、「あなじ」は冬の北西風をさし、「おし」の語には
反対とか押し返す意味があり「おしあな」はあなじを押し返す風の意味らしい。
「おくりまぜ」の「おくり」は盆の送り火のおくりと同じで、精霊や魂を海に送り出す
魂風の意味があるらしい。
この時期は急に海が荒れることもあり、魂を連れて行く風として危険視もされていました。