cafē 水照玉 & hostel~多忙なスローライフ徒然

屋久島・永田のCafēとゲストハウス。ゆる~く菜食&マクロビオティック 営業案内と田舎暮らし・農・食・サスティナブル・教育その他雑多に。

格闘20分!!食うか食われるか!?

 お彼岸の連続営業で思いがけず、来客の多かったここ数日。
 
「まぁまだ観光シーズンってわけでもないし、ヒマだろう・・・」
 
と思っていたら・・・。
 
仕込みに追われて店に半缶詰状態になりました。
これだから水商売はわからない。
 
ともかく深夜までパンや翌日のランチの仕込みに追われて店でダウン。
翌早朝、子供の登校時間に間に合うように自宅に帰って朝食準備。
洗濯や雑用ののち再び店へ。
 
などという数日間を過ごしているときに
鶏小屋にイタチ侵入!!
やられました・・・・雄鶏1羽・雌鶏2羽。
 
早朝に餌やりに行った長女が叫ぶ!!
「おかぁさ~~ん!!」
 
慌てて鶏小屋に言ってみるも、姿は見えず。
あちこち物陰や隅っこを支柱用に置いてある鉄筋の折れたもので
突いたり叩いたりしてイタチのあぶりだしにかかるも発見できず。
 
イタチは通常、物陰等にじっと隠れて人間がいなくなるのを待っていることが多い。
その時は発見できず、登校時間もあるので一旦帰宅。
 
店の出勤前にもう一度様子を見によると・・・・、
いた!!イタチ!!(駄洒落じゃありません)
 
すかさず逃げられないように脱出路をふさぎ、
わずか1坪ばかりの鶏小屋内でのバトル開始!!
 
小屋の中をイタチが走り回り
鶏は驚いてビビりまくる!!
飛び回って騒ぐわ中で、鉄筋1本もって
隠れるイタチを追い出し、走り出てきたところを一撃するも失敗。
 
そんなこんなの格闘約20分。
店の出勤時間は刻々と迫る!!
早く言って掃除も仕込みもしなくちゃならない!!
 
だがここで諦めたらイタチに餌をやっているようなものだ。
今日の夕方か明日の朝にはまた鶏のご遺体が1羽2羽と転がっていることになる。
何としてでも仕留めなくてはならない。
 
イタチも命がけならこっちも命がけだ!!(鶏の命だけど・・・。)
そうまさに食うか食われるかなのだ!!(鶏だけど・・・。)
 
隙間に隠れたイタチを棒でつつき、
飛び出したところを更に叩く。
一瞬でも遅れをとると逃げられる。
 
慌てふためくイタチが2重に張った金網と金網の間の袋小路に入り込む。
 
ここで情けをかける訳にはいかない。
というか、そんな事考えてる余裕もない。
だって食うか食われるかだ!!(鶏が・・・・ですけど)
 
格闘すること20分、ようやくイタチ撲殺終了。
すぐに畑の隅に埋葬しました。
イメージ 1
 
見た目はホント、昔子供がよく首にまいていた
エリマキみたいでラブリーなので、埋葬するときには
「ごめん・・・・」て気になります。
 
でもここ数年、毎年こうやってイタチを1匹2匹は
撲殺埋葬しています。
 
都度都度、鶏小屋の痛みやほころびを修復しているのですが
ちょっとしたことで侵入されて、ある朝行ってみると
鶏のご遺体が転がっている・・・というのが
ほぼ毎年春先や秋口の恒例行事かのようです。
 
畑を耕し、鳥や動物を飼って暮らすというのは
つまりこういうことでもあります。
鍬で掘るたびに無数の微生物が死に、野菜以外の植物が掘り起こされます。
耕さない自然農といえど、草は常に刈り取っていきます。
 
動物も天敵もいれば、人間よりははるかに寿命も短いのですから
老衰や病気で死ぬこともあります。
 
可哀そうだとか、ゴメンという気持ちはもちろんあるけれど
上述のような事態では、はっきり言って何も考えていません。
考える人もいるでしょうが、私は少なくとも考えている余裕がありません。
 
イタチが憎いとかいうことも、格闘中は考えていません。
とにかく「やるか、やられるか」の状況で
そんなこといちいち考えてないんです。(やられるのは鶏ですが・・・しつこい!!)
 
そういう意味では「憎い」であるとか「可哀そう」「可愛い」
「生き物を殺すのはよくない」etc・・・。
きわめて人間的であるともいえるし、
生きることに余裕のある状況で生まれてくるものなのかなと思います。
 
生きることに必死。食べることに必死。
そんな状況や暮らしというのは現代社会では
あまりありえないかもしれないし、けっして歓迎されはしないでしょう。
だって余裕がない、つまりリラックスできないとも言えますから。
 
ただ全くストレスがない、パラダイスな状況だとして
本当に人はそこで生きていけるのでしょうか・・。
なんか、かえって病んでしまうような気がします。
 
植物はある程度ストレスを感じることによって
ホルモンが分泌されてそれに耐えうる丈夫さ・強さを備えるのだそうです。
逆に何のストレスもなく一見スクスク伸びる温室栽培や溶液栽培では
その状態を管理維持するために大変な燃料や労力を要するそうです。
もちろんちょっとした変化で枯れてしまいます。
 
田舎暮らしに都会のストレスから解放されて・・・なんて
幻想やイメージを抱いている人は多いようですが
「生きる」ということに必死になれないとある意味厳しいかもしれません。
 
それがまた面白いのですけれど・・・。