cafē 水照玉 & hostel~多忙なスローライフ徒然

屋久島・永田のCafēとゲストハウス。ゆる~く菜食&マクロビオティック 営業案内と田舎暮らし・農・食・サスティナブル・教育その他雑多に。

願わくば花の下にて

イメージ 1 私事ですが今日、とてもよくしていただいていた方の訃報が
ハガキで届きました。享年86歳、いつも律儀に御年賀状をくださる方でしたのに、そういえば今年は来なかったな…何だか気になる、と思っていたところでした。
 何となく・・・気になっていることはそのままにしておくべきではない・・・と改めて思い後悔しました。屋久島に来てからは1年に一度お目にかかるかかからないかで、電話や手紙も1年のうち2度か3度程度。若い人相手に、音楽・歴史、スポーツ等々色々な話をするのが好きな方で
 「自分は戦争も体験したし長く生きた分、今の若い人たち語り部となって自分の学びえたこと、大切に思うことを伝えてゆくのが仕事だと思うし、楽しいんだ」
 と常々おっしゃってました。高校時代から続けてきたサッカーが何より好きで4年毎のWカップを楽しみとし、シャンソンアイリッシュミュージックをこよなく愛し、蹴鞠と民族性の文化的研究を
コツコツとまとめておられました。
 
 人の縁とは不思議なものです。偶然アイリッシュパブで出会っただけの方でしたが、不思議と話が合って娘のように可愛がっていただき、今訃報に涙しています。
 人は死んだら何処へ行くのだろう・・・?と子供の頃思った疑問が再び湧いてきました。
全ての出会いや縁は必然。命数の長短も宇宙の流れの中で決まっているのだろうと思います。
何故人は人の死を悲しいと思うのだろうか?はたして死は悲しむものなのかという疑問も湧いてきますが
もうお会いできないというのは、やはり寂しく悲しいものです。
 
 悠々自適というのでしょうか?70を過ぎても常に好奇心と行動力旺盛で一人で音楽と詩を求めて
アイルランドへの旅へ数度出かけ、物腰柔らかで知的で朗らか。シャンソンアイリッシュソングを歌い
ダンスのステップまで踏む・・・。世の中や政治の在り方を憂い、ご自分の身の丈で何が出来るのかを
冷静に考えている方でもありました。こういう風に年を取りたいものだ、こういう年寄りになりたいな・・・と。
 
 人はやはり目先の利益よりもせめて自分の人生程度のスパンでは物を考えて生きていきたいものです。
誰に称賛されるわけでもなく、何かをなすというわけでなくとも自分が美しいと思う生き方を考えたいものだと
今回の訃報で改めて思いました。
 
お会いしたりお話した回数はそれほど多いわけではなかったけれど
楽しく有意義な時間をくださり、趣味や興味の範囲を広げてくださった、私にとっては大切な方でした。
どうもありがとうございました。感謝をこめて。